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 私のリウマチ治療は、月に一度、クリニックでバイオ製剤の点滴。強い薬である為、体に異変が出ていないか、年に一度、人間ドックのような検査を要する。

 普段通うクリニックは繁華街のテナントビル内で規模も小さいが、人工関節置換など手術の際は、院長が経営する郊外の病院へ行く。今回の検査も、MRIやCT、骨密度測定その他諸々を、一泊二日の入院で行う。

 が、私は検査入院をしらばっくれ、時期を打診されると動物の世話を口実に延ばしてきた。

 が。前回から五年が経ち、逃げ切れなくなった。呆れ顔の院長から、

「一回、ちゃんと検査して診とこう」と言われてしまって。

 観念して「日程を家族と相談してきます」と返事したのが先月。夫は、心配なく行っておいで、ナンだったら俺が休み取って送ってやる、と。

 が。郊外までの車で一時間弱はクリニックから送迎車を使えばいいが、夜帰宅した夫が、動物達の世話をし、おそらくシリアルで夕飯を済ませ、洗濯をし、翌朝はまた動物の世話をし、身支度し、いつもならスクーターで二人乗りして五分の最寄り駅へ二十五分かけて歩き、途中のコンビニで昼食を調達し・・・。

 想像するとたまらない。私は五年前から仕事も休み、のん気な専業主婦で、大したことをしているわけではないが、だからこそ、着替えを出したり、洗濯や夕食、翌朝のバナナヨーグルトドリンクの用意、会社へ持っていくお弁当と凍らせたお茶・・・これらが出来ないなんて。

 一ヶ月悶悶と考えて、苦肉の策を携え、クリニックへ。

「先生、泊まりなしに通いで何回かに分けて検査をお願いできませんか、何日でも通いますから」

 二日に分けて検査を受けられることになった。

 郊外の病院を訪れるのは五年前の手術入院以来だ。送迎車で決まって流れるラジオ番組、ひなびた風景に五年前が蘇る。一ヶ月間ずっと家の様子が気になって切なかったなあ。

 到着した病院では、事前に検査のスケジュールを組んでもらっていて、スムーズに済んでいく。受付、心電図にエコー、レントゲン、MRI、CT、呼吸、骨密度・・・それぞれスタッフの顔ぶれが変わっていないことに驚いた。

 理学療法士による聞き取りがあった。日常の動作がどの程度できるか。階段の上り下り、未開封の牛乳パックを開けられるか、かがんで床の物を拾えるか、車のドアの開閉、洗髪などを・・・楽に出来る、少し困難、かなり困難、出来ない・・・四段階で評価する。

 答えるうち、これらほぼすべてが現在は出来ることに気付く。膝や手指の炎症があると出来ないことばかりだから、今、私には点滴治療が効いていて、五年前に人工関節になった足の親指も問題なく動いていることを思う。

 検査入院は嫌だと我が儘を言ったが、私の暮らしは、この病院と普段通うクリニック、院長先生に支えられていることを思い知る。反省。

 実は、このブログを始めたのは五年前、退院してすぐのことだった。足の甲の手術痕はまだジュクジュクとしていて、足先を保護する固定具を着けていた。自由に出歩けず、でも自宅にいられることにはホッとしていて、PCに向かい、ネットサーフィンでは飽き足らず、もっと何か・・・そう思ってはてなブログに辿り着いたのだ。

 タイトルの『よろしゅうおあがり』は、病棟でお世話になった看護主任さんの言葉だ。食事のトレーを返却に行き、ごちそうさまでしたと言うと、この主任さんだけが「よろしゅうおあがり」と返してくれた。この言葉の響きが心に残っていたのだ。今回は病棟へ上がっていないが看護師さんの顔ぶれも変わっていないことだろう。