駆け足で

 季節はゆっくり移ろったりなんかしない。

 これは私の持論です。十月になっても夏日が続いていたのに、月を跨いだ途端、初雪の便りが聞かれて。

 

 五月に複雑骨折した肩、退院後に通院で続けていたリハビリも、ほぼ元の通りに動くようになり、十月の半ばで終わりました。

 最後の日、リハビリルームのスタッフの方から「寂しくなります、どうぞお元気で」と言われ、胸が詰まりました。お世話になったこの病院を卒業する、そんな気持ちで、帰り道しょんぼりとしてしまいました。

 病院に愛着を覚えるというのもヘンなハナシですが、スタッフの皆さんが適度に大らかな距離感で接してくれるこの病院が好きです。まあ、こんなことを言えるのも、私が怪我で入院し、快方に向かうことが前提だからでしょう。内科の厄介な病気との闘いだったら又違っている筈。

 一年間に二度も骨折し、右肘と左肩に金属プレートが入り、これを取り出すまでそれぞれ一年半ずつ。それまでは仕事もバイクも控えて家にいて、ゆっくり体力を戻すようにと夫に言われ、毎日の家事と買い物だけという後ろめたいほど気楽な日々を送っています。

 日曜日のお昼前、繁華街、前を歩く女性に同業者(今、私は無期限休職中ですが)の匂いを感じました。黒のワンピース、黒のボレロ、黒のパンプス。しかし喪服ではない華やかなデザイン。バッグは、大きくカッチリしたトートバッグ、A4ファイルが収まるサイズ。女性は披露宴の出席者ではなく司会者でしょう。バッグの中には披露宴の進行表や資料、ペンケースが入っている筈。

 この近くなら会場はあのホテルかな。彼女同様、私も数年前までは週末になると幾つかの披露宴会場へ向いました。

 仕事から遠ざかった今は、元々人見知りで引っ込み思案だった自分が、マイクを持って人前に立っていたことが嘘のようです。すっかり臆病で小心に戻ってしまいました。それでも、職業柄の訓練で身についたスイッチがあり、初対面の人と話せるようになっています。買い物帰りに乗ったバスで、隣に座った高齢のご婦人に話しかけられ、会話が続きます。

 私がバスを降りるまでの五分強の間に、その方が、八十五歳であること、来年のカレンダーを買いたかったのに買い物カートがいっぱいで諦めたこと、カレンダーには通院の予定などが書き込めるよう大きく、数字だけのシンプルなものが好ましいこと、二十七歳から七十歳まで喫茶店を営んでいたこと、本を読むのが好きでそのせいか若い時から近眼と乱視だったこと等々伺いました。

 休職しているうちに私も五十五歳。この先復職することはないかも。それでも一つ、まだ続いている仕事があります。もう十年以上になる、あるバレエスクールの公演のアナウンスです。一年半ごとに行われる発表会は、まだよちよちのベビークラスの演目に始まり、後半は他のバレエ団から客演を招いての作品が上演されます。四部構成、ほぼ四時間かかる舞台の、私は幕毎に出演者の名前を紹介します。その緊張感たるや。今年は年末にその舞台を控えていて、考えると逃げ出したくなるほど怖い今日この頃です。

 もう冬の入り口。クリスマス、お正月に向けて街は華やいでいくと同時に寒さも募ってきます。体調に気をつけて毎日を送っていきましょう!