舞台裏(1

 昨日は一年ぶりの仕事だった。五年前に司会の仕事を辞めてからは、年に一度程度、影アナウンスを引き受けるだけになっている。
 ブランクがあくと気後れして怖い。この仕事を依頼された今年一月から、ずっと十月に向かって時間が過ぎていた。ひと月前からは頭の中でカウントダウンが始まった。・・・・あと十日・・・・あと一週間・・・・あと五日・・・・まだ三日ある・・・・まだあさって・・・・ひええ明日だ・・・・。

 あるバレエスクールで一年半ごとに行われる発表会のアナウンス。もう十年以上の縁になった。
 バレエの発表会と聞くと、学芸会をイメージするが、さにあらず!!
 三、四歳のベビークラスの演目もあるが、小学生から高校生まで、いずれも国内外のコンクールを見据えてハイレベルな指導を受けている生徒が次々に踊る。ヨーロッパのバレエ団の研修生になったり、アメリカのバレエ団員になった卒業生もいるスクールの発表会は、休憩を挟み、四部構成で四時間半のボリューム。後半の二時間は「ジゼル」全幕が、日本有数のバレエ団から客演ダンサーを迎えて上演されるのだ。もはや発表会とは言えないんじゃないだろうか。

 私は舞台袖のマイクで、開宴前後の諸注意や挨拶に始まり、進行に合わせて出演者の名前を読み上げていくのだが、もう、これが怖くて怖くて。慣れるどころか、何度やっても、重責に圧し潰されそうになる。
 数十人もの生徒さんの名前を、事前に確認しておかねばならない。難読名字やキラキラネームなら読めなくて当たり前で、先生方があらかじめ仮名をふったプログラムを下さる。が、本当に怖いのは、例えば・・・・。
   山崎・・・・やまさき、やまざき
   井上・・・いのうえ、いうえ、いのかみ、いがみ
   新里・・・にいさと、にいざと、しんさと、しんざと
 つまり、全員の名前を、一字一句確認しなければならないのだ。
 さいわい、もう何回も担当させて頂いているので前回までのデータはあるが、新しく入った生徒さんの分は要確認。

 完ぺきな読み仮名を携えて迎える当日は、とっさの言い間違いや噛みとの闘いだ!
 舞台袖でスタンバイしている生徒さんが、アナウンスで名前を紹介されて緊張の舞台へ出ていく。その直前に、名前をちゃんと言って貰えなくて集中力を欠いてはならないし、客席で晴れ姿を待ち受けるご家族を動揺させてはならない。当日のビデオ撮影に私の失敗を記録されてはたまらない。
 私を含め、誰一人、悲しい思いをすることがあってはならない。
 もう、ほんとに、毎回逃げ出したくなる。なんでこんな仕事引き受けちゃったんだろう、今度こそ断ろう。
 こんな思いで臨む日だから、終えるまではブログも書けなくて(笑
 迎えた当日、思う所も多々ありました。幾つか書いてみようと思います(続…