何の変哲もない、幸せ

 年と共に涙腺が緩くなるというけれど。

 残暑の繁華街、デパートを出たところで、親子連れに追い越された。お母さんと5歳位に見える男の子。

 お母さんは男の子と反対側の手に、ハンドバッグと、買い物してきたらしい紙袋を提げていた。文明堂の紙袋には台風接近に備える為か、上からビニールのカバーが掛けられている。お使い物かも。マリンボーダーのカットソーに水色のスカート。

 男の子は薄いベージュの帽子を被り、紺のTシャツと明るいグリーンの半ズボンからひょろりとした手足を伸ばしている。

 追い越しざまにお母さんの声が耳に入ったのだ。

「じゃあさ、帰ったらアイス食べよう、シャワー浴びてすぐに」

 男の子の返事は聞こえなかったが、少し体が弾んだように見えた。

 ただそれだけのこと、ほんの一場面なのに、私はじ~んとなってしまった。

 ひっそり明るい台所、ひんやりした床、まもなく帰宅する母子が冷蔵庫のひと時の午睡を破る。わくわくと扉を開くのだ。

 そのままずんずん遠ざかる二人の後ろ姿がぼやけていった。