立ち止まったままだ、良くも悪くも

 メイクをするのは昨年6月の甥の結婚式以来、10カ月ぶり!
 鏡を覗き込みながら手順を思い起こす。仕事を辞めて一番嬉しかったのは化粧しなくていいことかもしれない。それほど嫌いなのだ。マスカラがカピカピに乾いてしまっていた。塗れない。それすら、後でメイク落としが楽だ~と思ったほど。いいさ、今回はレッスンなんだから。
 昨日は、ブライダル司会の仕事を頂いていた事務所を訪れた。間もなくデビューする司会者さんのレッスンを、先輩から頼まれたのだった。
 引き受けたものの、仕事を離れてもうすぐ丸2年、忘れているんじゃないかと不安を抱えて降り立った午前11時の大阪の繁華街は、神戸とは違うエネルギーに満ち溢れている。毎週通っていた頃にはこんなこと思わなかったのに。関節の炎症が強めに出ていたこともあって、気おくれごとエレヴェーターに乗りこんだ。
 が、生徒さんを前にしてみれば、自分自身にブランクを感じなかった。
 錆びついていなかった。安堵が心を上気させる。レッスンを終えて駅へ向かう午後の道は心地よく気だるい陽気に輝いていた。そういえば行く時には痛かった首と肩が楽になっている。緊張感をもって暮らさないとダメなんだなと実感した。

お使いが遅かったワケ

 小学生時代のお使いの思い出話になった、夫と。
 私は父に命じられ、豆腐を買いに行った。その帰りにレジ袋をすとんと落としてしまった。豆腐は容器の中で崩れていた。それを父は「こんなもの使えるか」と怒りをあらわにした。
「でも子どものそういう失敗って怒っちゃいけないと思うの。そこへいくとアナタのお母さんは怒らないよね」
「うんお袋は怒らないなぁ。マーボ豆腐にするつもりだったとでも言いそうだ」
「いいお母さんだったよね。あ、あの話聞いたことあるよ、アナタをお使いに出したら1時間半も帰らなくって…」
 これも小学生時代、義母はお醤油が足りなくなり、夫にお使いを頼んだ。が、待てど暮らせど帰らない。これが初めてのお使いでもない、何かあったのかと心配極まりきった所へ、夫がへとへとになって帰ってきた。聞けば、義母が普段行く商店街やスーパーを3軒回り、「これが一番安かった」と胸を張ったという。「まあ、ありがとうね…」安堵のち苦笑い&感激の義母。
「遅いっ、て私だったら怒っちゃうかも。だって今欲しくて頼んだのに」
 この話をしてくれた時の義母は、「調味料とかお野菜とか頼むと、あの子ね、”それは何に使うの?”って訊いて行って、その用途に合うものを自分で選んでくるのよ」と、誇らしげだった。
 夫は母親に一生もののお駄賃をいっぱい貰って大きくなったんだな。f:id:wabisuketubaki:20180415111209p:plain  

優しい嘘のチカラで

 決めつけないで、と。子育て経験のない私が、だからこその子ども目線で。
 大好きな美容師のKさんが産休から復帰され、8ヵ月ぶりに鏡を介しての会話。Kさんは今回2人目のお子さんを出産されたのだが。
「1回経験した事だから大丈夫と思っていたけど、キツイです」と苦笑い。
 勤務は週3日、お店の2階にベビーベッドとシッターさんを置ける環境にあっても、授乳期の赤ちゃんを抱えての生活。
「体力的にもそうですけど、上の子が赤ちゃん返りしてて…、参ってます」
 確か3歳になる娘さんだ。Kさんのご主人もお母さんも甲斐甲斐しくこの娘さんを可愛がっておられるのだが、Kさんにかまってほしくてぐずる。
「周りの人からも色々聞いていて、上の子に気を配ってあげなきゃならないことは分かってたんですが、実際下の子に手がかかって、なかなか…」
 すると娘さんは余計にママにまとわりついてくる。
「娘は元々人見知りで甘えん坊だったのが、益々気難しいというか…。[私]さんも子供の頃そうだったと仰ってましたよね? 娘に、どうしてあげたらいいでしょうかねぇ」
 私には2歳下の弟がいる。弟はよく眠り、手のかからない赤ちゃんで、誰にでもニコニコと懐き、可愛がられた。ところが、私ときたら人見知りが激しく、我が強く、始終泣くわ拗ねるわ。すると周りの大人たちは比べて言うのだ。
「[弟]君は天真爛漫、[私]ちゃんは…女の子だし、難しいねぇ」
「お前は人見知りで、性格が難しい」 父は私の欠点を直してやろうと指摘し続けた。
 ヒトミシリの、ムズカシイ子。
「ずっとそう言われ続けて、私は自分を人見知りの難しい子だと思い込んで育ちました。それで今になって思う事なんですけど、ねぇKさん、お嬢さんに上手に嘘をついてあげてくれませんか、【あなたは誰とでも仲良くできるねぇ】とか【笑顔が可愛いねぇ】とか【大らかでみんなに好かれるねぇ】とか、周りが何といおうとママだけは。言葉は良くも悪くも暗示になってしまうと思うので」f:id:wabisuketubaki:20180413103345j:plainこう話して、気がついた事がある。私は母からは「難しい」と言われた覚えがない。母が亡くなったのは私が6歳になったばかりだったから少々あやふやな記憶だが。
 母は厳しくて、私が拗ねても相手にしなかった。私の我が儘を許しはしないが、甘え足りなさみたいな気持ちを分かってくれていたのかもしれない。分かるわよ女同士だもの、アナタだって分かるでしょ、分かりなさいよ、お母さんの気持ちを。そう、そんな同性同士の目線を母は私に向けていたような気がするのだ。……ちょっと母を美化してるかな(笑。

touch me more

 アナウンススクールでは自己紹介を求められることが度々あった。自分の売りだけを面白く端的に。都合の悪い事はあえて言う必要はない、いや言ってはならないのだ。
 これは極端な例として、人物を正確に伝えるのは難しい。     今週のお題「自己紹介」
 前の記事で私は司会の仕事をしていたと書いた。これだけ読めば私がずっとそういうことに関わってきた印象になるが、この部分は結婚後に変化球みたいに現れるここ10年弱の側面だ。地味で人見知り、相手と目を合わせて話すことが出来ず、学生時代は漫画家に憧れ、建築系の学科を出て、設計事務所で働いた。ああ、こっちが本来の姿だと、書いてて実感する。
 【群盲を評す】というインドの寓話が思われる。盲人達は、それぞれゾウの一部分だけを触り、その感想を語る。足を触った盲人は「柱のようです」、鼻を触った盲人は「木の枝のようです」、耳を触った盲人は「扇のようです」…触った部位により感想が異なり、皆自分が正しいと主張して対立が深まる。しかしそれが同じ物の別の部分であると気づき、対立が解消する。『物事の一面だけを見て、すべてを理解したと錯覚してはならない』という教訓。
 こう諭されると、ブログを書くのも怖くなるけど、寓話はハッピーエンドを迎えている。見方が違おうが、私達は同じ世界に生き、同じものを見つめているのだから。    f:id:wabisuketubaki:20180411121830j:plain

役に立たないからこそ愛おしいということに…

 特技を訊かれた。プロフィールには”趣味・特技”欄が大抵ある。  

①アイスクリームをどんぶり1杯食べられます!
 大好きで、いくら食べてもお腹を壊さないし、こめかみがき~んとなることもない(どこか壊れてる?)。真冬の屋外でソフトクリームを立て続けに3本食べても平気。お金勿体なくて止めたけど。
 なので、「もう食べられないようと言うまで食べてみたい。死ぬまでにバケツ1杯食べてみたい」と言っていた。満足したことがなかったのだ。
 ただ、2年前、治療薬ボイコットして寝たきり寸前の、骨と皮の体になった時、たった1個のカップアイスを途中で持て余したことがあり、新鮮な驚きだった。死ぬ前にバケツ1杯のアイスを、と言っても、元気でないと美味しくない、嬉しくない、ということを覚えておこうと思った。

f:id:wabisuketubaki:20180408110518p:plain ②アナウンスを物凄く聴いちゃいます!
 駅ホームの「まもなく2番線に、〇〇行きの電車が参ります、危険ですから~」とか、留守電メッセージの「只今出掛けております、ピーッと鳴りましたらお名前とご用件をお話し下さい、faxを送られる方は~」みたいなのが、子供の頃から耳に付き、真似していた。これが高じて、結婚後にアナウンスの学校へ行き、司会の仕事に就いた。が、元々人前に立つのは嫌いだった為、体調が最悪になった2年前に辞めてしまった。
 以前は喋り方だけに注意が向いたが、自分が学び始めた頃くらいから、声質に敏感になった。例えば日中、点けっぱなしのTVに背を向けてPCに向かっていても、話す声で顔が浮かんでくる。
 そうそう、私のこの特技、弊害がある。聞き流すCDで英会話を習得しようとした時の事。まず英語が流れ、次にその日本語訳が流れる。「I am HANAKO. 私は花子です」のように。すると私は後の日本語ばっかり聴いてしまう。数か月間CDを流していたが、「駅へ行くのはこの道でいいのでしょうか」とか「この花はあなた宛てよ」とか「只今社長は多忙で手が離せません」とか、どんどんと日本語だけを覚えてしまった。ネタやんッ…こんな私ですがよろしくお願いします 今週のお題「自己紹介」