松尾芭蕉さんへの誤解とお詫び

『松島やああ松島や松島や』 有名な句である。
 俳句の基本の季語がないのは、松尾芭蕉が、松島の絶景に感動のあまり季語を入れる隙もないという表現だと、習ったと思う。しかし、これがありなら俳句って何だ?
 私はこの句をずっと卑怯だと思っていた。やってはいけないこと、有史続く限り誰か一人がやったら他の誰もが使えなくなる禁じ手だと。
 ところが!この句は松尾芭蕉の句ではないと今日知ってしまった…。
 本当は、江戸後期の狂歌師、田原坊が「松嶋図説」(観光ガイド的な)用に詠んだキャッチコピー「松嶋やさて松嶋や松嶋や」が芭蕉作と伝わったというが、一体なぜこんな間違いが。
 芭蕉は松島に憧れていたが、訪れた松島で句を詠まなかった。それは感動のあまり句を詠めなかったという表現とも。
 そうですよね、松尾芭蕉さんともあろう方がこんな句を詠む筈がなかったですよね。天国の松尾芭蕉さん、長年の誤解をどうかお許しください。

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絶対になくしたくないもの

 外付けハードディスクが昨日から開かない。パソコン本体を軽くしておきたくて、私も夫も保存したいものは写真でも文書でもすべて外付けへ入れていた。ふたりで「え~?!」となり、「ちょっと待てよ」さしあたって何が困るだろうかと考えた。夫は、お気に入りの類いは勿論、取説的な物やちょっとしたブックマーク等をこの十数年にわたって丁寧に保存していたから「ちょっとした財産だぞ」と力なく言ったが、仕事には一切使っていなかった。私は、仕事関係一切が入っているが、仕事はやめているから困らない。あとは写真やイラストが少しと書き溜めた文章。惜しいが、イラストも文章も又書けばいい。そう惜しい、それだけ、私が。
 今秋亡くなった父のお通夜の日、夕刻までは時間があり、葬儀場から近い弟の家へ荷物を見に行った。十年ほど前、父が施設へ入る際に実家から運び出してそのままになっていた品々の、今後の処分の為の確認だ。父の身の回りの品が少し、後は私と弟の幼い頃のアルバム、おもちゃや私の七五三参りの髪飾り、学生時代の卒アル、文集等々。これはあの時の、それはその時のと、弟と昔話をし、同行していた夫に聞かせる。
 しばし感慨を味わったが、私は言った。「もう全部要らないかな」
 夫が驚いて私を見た。「ええッなんで、大事な物ばかりでしょ」
「私には思い出深いけど、今の生活には全く要らないし、困らない、きっとこの先も」
 すると弟が。「俺も、最近そう思うようになってた。俺には大事なもので、あの時は捨てられなくて持ってきたけど、俺以外の人には何の価値もない。この先俺が死んだら、子どもが処分に困るだけだなって」 
「うん。大事なのは物自体じゃなく、まつわる思い。それは胸に持ってればいい」
 牛乳を入れたあったかいコーヒーや、おやつのチョコレート、ヘビロテのセーター、大好きな歌……手放したくないお気に入りは沢山ある。ないとじだんだ踏んじゃうかも。けれど、失くして私を打ちのめすことが出来るのは、それは大切な人や生き物と共に生きる時間だけ。

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ポケットの中身

 物事を後回し先延ばしにするのはいつものこと、2ヵ月半たってようやく、他のドライ洗濯物と一緒に父の形見のベストを洗った。薄手のウールで前ボタン開き、背広の下に着る、父はチョッキと言ったっけ。
 チョッキとベストはどう違うのかと今更の疑問をググってみた。結論から言えば日本では同じもので、ベストは米英語で正しくはヴェスト(笑)、チョッキは日本だけの言葉で、ジャケットが訛ったか”直着”から来たものだとか。
 チョッキの他にも幾つか、私にとっては主に父、年配の方にしばしばみられる言い回しがある。鶏肉をかしわ、ハンカチをハンケチ、固ゆで卵をにぬき、ごぼうをごんぼ、おでんを関東炊き、蕪をかぶら、お刺身をお造り。特ににぬきは関西でしか通じないようだ。
 関西特有のものの多くは京都、お宮、女房言葉に由来するようで、あらためて父の京都育ちが裏付けられる。社会人になり、京都を離れた父は、京言葉、特に男性が使う京都弁が嫌いだと言っていた。意識して使わいようにしているとも。なのに、出ていたのだなぁ。
 出る、といえば、父の遺品を整理した時の事。夫に促され、処分する服類のポケットの中を念の為改めると、年がら年中水洟の出た父らしく、次々とティッシュが手品みたいに出てきた。笑いながら古い背広のポケットに手を入れたところ、指先が違うものをとらえた。皺くちゃの二つ折りの封筒の、中が何やらじゃらりとする。覗くと、色も形もまちまちの十数個のボタンが入っていた。何をまぁ後生大事に…。不意を突かれて声の出ない私に、夫が「やられたな、お義父さんらしいや」。裁縫が出来た父は糸と針を身近に使ったから。
 父の形見として、昔から着ていたチョッキ1枚とこのボタンだけを私は持ち帰った。
 私なら、亡くなった後に、夫や弟を”アイツらしい”と笑わせるものって何だろう?

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かけがえのない毎日

 たかが夕食の時間の逡巡だった。
「もうちょっと後にする?」
「そうだなぁ、も少し後にするか」
「そうね、も少しお腹空いてからね」
「ああ。待つと空くかな、あんまり遅くなると胃に良くないけどな」
「あらじゃ、今から用意する?」
 ここで夫の苛立った答えが。
「も少し後にする、って俺言ったよな」
「…ごめん」
 しかしモヤモヤする。
「言い訳させて、アナタが”遅くなると”って言ったから。だからそんなにイラッとしちゃ嫌」
 すぐに猫のアポロの事や見ていたTVの話を向け、夫の返事が普通に戻っているのを確かめた。だから、拘りたくはないけれど、打ちのめされている、私は。それほど気に障ることだった? いやこれだけじゃなくきっと私は普段から何かしらよくないのだ。こんなにも伴侶をイライラさせる私って何だろ? あ~あ…結婚して21年にもなるのにな。
 けれど、陽の煌めく朝が確かに在る。
 雨上がりの朝、じゃ行ってくる、と歩き出した夫の背中から、何気なく足元へ目を転じた。濡れたアスファルトに赤いモミジがちりばめられていた。モミジ葉はいずれも小ぶりながら開いた指先がくっきりと美しい。宇宙に浮かぶ星々にも見える。束の間にそんな事を思いながら顔を上げると、ちょうど夫が振り返って足元を指さした。
「綺麗だな」
「うん、私もおんなじこと思ってた」
 たとえ一緒にいられなくなる日が来ても、この瞬間は奇跡、永遠に私の宝物。

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悪徳業者??

 昨夕、古着、靴を買い取らせて下さいと、軽快な女性の声が電話で社名を告げた。履かなくなった靴、破れてなければTシャツ1枚でもお出しください、今日はお近くを社の者が回っていますと言う。不用品は沢山あるが大したものもないし、急に言われてもガサゴソ出すのが面倒で断ると、「明日はいかがですか」。明日も日中は出掛けますのでと答えたが、「それならご都合のいい時間に」と食い下がる。その話し方が、嫌じゃないんだな。むしろいい感じ。
 私も以前、通販のコールセンターでバイトをしたことがあるのだ。上手いなと思った。この女性は電話だけ、実際に訪問するのは別の人だと分かっていたが、玄関の上がり框で構わないそうだから、掃除しなくていいし、明日夕刻を約束した。
 そして今日は午後から、箪笥の開かずの抽斗、ハンガーラックにかけっぱなしの服、下駄箱上段の靴なんかを引っ張り出した。買ったまま一度も着ていないジャケットとか、足を痛める前の靴とか、いろいろあるなぁとしみじみしてしまう。いやいやそんな時間はないぞ、急いで玄関へ運ぶ。
 ふと、気になる事が。査定、商談に小一時間かかるそうだが、うちの前の道は狭い。車を停めておけない。そこへ男性からの事前電話がかかった。前のお宅が長引いて、もう暫く後になるという。
「それは構わないのですが、実は…」車が止められないことを話す。近くにコインパーキングもないし、近所の少し広い道に路駐しかないのだ。私は続けた。
「うち迄来て頂いて、もし無理そうでしたら、申し訳ないですが、お寄り頂かなくても結構ですから」
 ううむとなり、男性は「場合によっては…」とひとまず電話を切った。
 さて、もうしばらくは時間がある。PCを開き、どんな会社かと検索を掛けた。出た。2チャンネルの書き込みがあった。
 "押し買いです!”って。”靴一足、古いTシャツ一枚でもいいと愛想よく女性が電話を掛けてくる”…うちと同じ。”ところが来るなり、古着には目もくれず、貴金属はないかとしつこく、出すまで居座る。出せば、市場価格の5~10分の1で買い叩いていく”。
 う~ん。まあね、私も胡散臭い業者である可能性も考えていたけどね。
 玄関に並べたもののうち、ブラウスとかTシャツとかを片付けておくことにした。靴箱数点と食器類、ハンガーにかけたジャケット類、これだけあれば、形になるだろう。
 で、片付けも終わって、今。予定の時間を1時間過ぎた。車が止められないと、居座れないもんね。来ないと見たが、どうだ?
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