ネット越しの弟

 弟の秘密をしってしまった。いえ本当は秘密でも何でもなかったんだろうけれど、情報の入手経路に問題があった。
 きっかけは、数年前のTV番組でタレントさんが言った、
”世の中には2種類の人間しかいない、自分の名前を検索するヤツとしないヤツ。”
この言葉に触発され、ググってみた。まず自分、それから夫を……何がヒットする訳でもない。打ち止めのつもりで弟を入力。おっと出た!!
 弟は”バスプロ”だった。でも”バスプロ”ってなんだ??
 釣りの団体らしきのサイトにアップされた写真には、何かの大会の表彰台ではにかむ弟が。そうそうシャイなのだ弟は。バスとはブラックバスの事で、バス釣りのプロが”バスプロ”か。でも、プロってことはスポンサーがいて多少なりともお金が動くってことだと思うけど、バスってそこらの池にいる外来種のお魚でしょ、それを趣味で釣って、お金出してくれるヒトいるのかな。
 それにしても、釣りは続けてたんだね。小さい頃からあれこれ手を出しては長続きしなかった弟が、中学生の頃に始めて、唯一やめなかった遊びだ。
 弟とは子どもの頃よくケンカして、思春期はほとんど口を利かなかった。そのまま大人になったから、今となっては気恥ずかしくて、普段からお互いにもじもじ向き合っている。だから、趣味がどうのと話したことがなかったのだ。
 検索で、弟のブログまで見つけてしまった。こっそり覗いたカタチになったから、言い出せないまま、やはり気になって時々様子を窺う。釣りの事だけでなく、小学生の娘をどこそこへ遊びに連れて行ったとか、グルメ話だとかが数日おきに更新されている。ああ立派なオトウサンなんだなと感じ入る。
 ああますます言い出せない困った。
 ところで、実は私も自分の仕事について弟に話しそびれてる事があるのだけれど、とっくに知っているのかもしれないな、同様に。

猫の額の小宇宙

 団地で育ち、社宅に移り住んだから、一軒家で暮らすのは今の家が初めてだ。どうしていいやら分からないまま数年たち、荒らしてしまったお庭にようやく手を入れ始めた。

 まずは伸び放題の枝を切った。小さな中古住宅のごく狭い庭だが、前に住んでいたご主人はお庭をとても大事にしておられて、面積の割には庭木が多く、くたくたになった。

 気を取り直して、次に下草を。雑草天国になっていた。木と違い、伸びるスピードが速い。刈っても、雨上がりにはわんと伸びるから、少しサボっては途方に暮れるを繰り返している。近頃は雨が降る度に『ああまた雑草が…』としか考えない。この度の台風でも考えたのはこの事だった。とはいえ憂鬱なばかりではない。これからどんな風にお庭を造っていこうかしらと楽しみになっている。

 ところで、雑草を抜いていてある事に気付いた。種の勢力とでも言おうか。例えば、たんぽぽのような草が茂っているのを引っこ抜くと、次にケシのような草が群生する。それを処理すると、今度は違うタイプの草が広がる。こんなふうに、ある種を駆逐すると別の種が進出してくるのだ。生物の生存戦略などというと大仰に響いてしまうけれど、思わずにはいられない。

 猫の額ほどのお庭で、先週から聞こえ始めた虫の声を聞き、もうすぐ色づくだろう柿の実を数え、その向こうに見える海を眺める。

 祝日の今日、台風一過の空は澄んだ秋晴れである。さぁ雑草抜こう!

ちょっと、じゃないちょっと

 ちょっと、気になっていた。

 ”ちょっと、…”というタイトルで先週さんざん記事を書いていて。

 ちょっと、と普段から使うけれど、そのまんまじゃなく、真逆の意味でも使うんだなあと。

 ”少し”という場合、”かなり”という場合、あと”呼びかけ”、大まかにこの3つの意味合いがあるかな。

 言葉というのは一筋縄ではいかなくて、その背景や場面のニュアンスを背負っている。

 文化ということを私に感じさせるのが、アメリカのドラマでよく見かけるシーン。父親がベッドに眠る幼な子の頭を撫でながら「愛してるよ」と囁く。この場面でいつも違和感を抱く。どうも、「愛してる」とあからさまに発するのは日本では、特に男のひとには、馴染まないよなぁ、そういう国ではないんだな。

 けれど愛情の少ない国民だとは思わない。むしろ、より深く厚くその思いを湛えているようなところがあるのでは。ただ、表すほうがいいに決まってる。何かこう、別の形で、ちょっと、考えたい。これが出来ればカッコいいよね。

 あ、たった今思い当たった”クール!”って、こういうカッコよさかも。やはりアメリカでよく使われてるっぽい言葉だけれど、どうもニュアンスを酌みきれないと思っていた。だって訳すと「涼しい」なんだもの。

 そういえば日本でも”涼しい顔をして”と使ったりする。これはカッコいい事に対しての揶揄よね。

 そっかそっか、ホントにそう、言葉は表面的に捉えるな、底に流れる心情は万国共通、一緒なんだなぁ。

今年も忘れずに咲く

 埃っぽい県道沿いでバスを降りる。私を乗せて来てくれたバスと、反対車線のダンプカーが走り去ると、向こうに広がる景色が変わっていて、少しの間だけ立ち尽くしてしまった。
 あんなに青く天を向いていた稲穂たちが一面の黄金色に変わってしまって、たわわなこうべを垂れていた。そりゃそうか、3週間も経つのだもの。山の上の入道雲も盛夏の勢いを失ったようで輪郭が柔らかく見える。ビ~ビ~とそぐわない警報音が断続的に響いてくるので、見回せば、コンバイン…これは製品名か、稲刈り機が、そこでも向こうの田んぼでも稼動している。
 父のいる施設へ、田と田の間のかろうじて舗装されている農道を歩き出す。と、足元を水色の、これはシオカラトンボ?が横切って、畦にとまった。畦には、赤い曼珠沙華。そうか、お彼岸なんだ。
「この花はヒガンバナとも言うんや。お彼岸の頃になると毎年ちゃんと咲くんやから不思議なもんや」
 小学生だった私に父が教えてくれたことだ。仏壇の母に供える野花を求めて、父とよく里山を歩いた時期があった。父のポケットには肥後守が控えていたっけ。
 父は、TVとダイニングテーブルのある広いフロアで皆と相撲を見ていたが、私を認め、部屋へと席を立った。
 「遠い所をすまんな」と言い、「お前、足は大丈夫なんか」と訊いた。
「今はちょっと右膝がほら分かる? 左と比べると腫れてるでしょ。でも痛くはないよ、曲げにくいぐらいで。張ってるからね、そうだな、膝にタオルを巻きつけた感じ。お父さんは? どっか痛いとか具合悪いトコないの?」
「おかげさんで元気や」
 土産のオヤツ昆布は父の好物で、さっそく手を伸ばす。そして又「お前足は大丈夫なんか」と訊く。3分したら又訊くだろう。更に3分後にも。吉本新喜劇でおじいさんに扮した寛平さんみたい。
「お前、ここまで来るのはたいへんだろう」
「平気。時間はあるし。それに父さんの顔見ないと気になるしね」
「……こればっかりは仕方ないよなぁ、オヤコだもんなぁ」
 軽い認知症になってずいぶん経つ父が私のことを分からなくなる日が来るのかと、訪ねる前はいつも不安を抱えているのだが、まだまだ全然大丈夫そう。
 またねと手を振り合って部屋を後にした。
 バス停まで引き返す道で気が付いた。あの警報音は、稲刈り機のギアをバックに入れた時に鳴るのだ。傾きはじめた日差しが穏やかさを増していた。
 もうしばらくは時間の猶予が与えられているようだ。

父が私を分からなくなるなんて

 父が私のことを分からなくなる日がくるんだろうな、と、もう何年も前から緩く身構えている。しかしいざとなっても受け入れられることではないだろう。午後に顔を見にいく予定だが、今日それが現実になるかもしれない。
 父は15年くらい前から認知症になって、今は施設で暮らしている。認知症といっても軽度なもので、日常会話なら成立してしまう。父をよく知らない人は、父が語る自分の経歴や近況に混じる嘘に気付かない。「今日は何月何日」を訊けば端的なのだが。
 父は85歳。先月訪ねた時には、私の顔を見ていつも通りの「いらっしゃい」を言ってくれて、私は父に元気にしてたか等と問い、3日前に来たはずの弟の事を持ち出すと、
「あいつ、来てないぞ」
と、これだ。最近はこういう事が当たり前になっていたから驚かないが、ふと怖くなって私は、
「ね、私が誰だが分かる?」と訊いてみた。
 父は「あほう、分かるわ」と笑って続けた。
「アレ(弟)のことが分からなくなっても、お前だけは分かるさ」
「ちょっとちょっとそれは親として言っちゃダメでしょう」
 照れ隠しでとっさに返したが、私も心の芯でそう思っている、父は私だけは分からなくなるわけがないと。
 父子家庭だった。弟はあまりに幼くて、私を父は頼みにするところがあった。所詮子どもだから実質的な事には勿論無力だが、私に、父は何でも話して聞かせ、やってみせた。そして私は、大人になるにつれて、父の頑なさ脆さが見えてきて、頻繁に意見をするようになった。徐々に入れ替わっていって、メビウスの輪のような繋がりを潜在させている。
 だから。今では私は自分の結婚生活が大事な、親孝行の足らない娘で、それは後ろめたく、けれど私と父は特別なんだと、”その日”は来ないと結局のところ高を括っているんだろうな、私は。