あなたを笑ませたくて

 ポインセチアやクリスマスソングが街を彩り始めた。さて。どうしよう。
 私たちは昭和な夫婦だからイベントに特に何もしない。ちょっとしたものを贈り合うくらい。なのだが。この”ちょっとしたもの”に年に2回、夫の誕生日とクリスマスとに私は打ちのめされる。
 夫の選ぶ贈り物は、手袋やハンドタオル、ルームソックス、文房具など、どれも柔らかな色合いや小さな刺繍、可愛いイラストといったチャーミングな品ばかり。なのに私ときたら、夫の喜ぶものを見つけられないのだ。品選びやラッピング演出などのセンスが元々ない上に、夫は好みのストライクゾーンが狭く、服や小物をすべて自分で選び、欲しいものがあると即買いしてしまう。つまり私は無くても困らないけれど、見ればにっこり出来る、意外な品を探さねばならないということ。いつもギリギリまでショッピングモールを右往左往。その最中で浮かび上がる言葉がある。
 ”与える者は幸いです”
 ギフトを、愛情を、貰うひとよりもあげることの出来る人のほうが幸せだと、夫と結婚して、つくづくと思い知った。今年こそ早めにとの意気込みも21回目になるが、いえいえ今年こそは。

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年は”取る”より”重ねる”で

 年々寒がりになると感じる。去年の冬を過ごした部屋着が今年は既に11月にしてうすら寒い。
 昔は朝出掛ける前に済ませたら夜帰るまで行かなかったのになぁ、と夫と話す。トイレのことである。私は特にトイレが遠く、高校時代は3年間に学校のトイレを使ったのは3度だけである。「老廃物なんだから溜めてると病気になるよ」とよく言われたものだったが、心配しないでも年相応に何とかなるのだな。
 体力減少、心身の緩み、それとも他に原因があるのか。検索しようと「年を取ると」まで入力すると、次語句の候補がずら~っと出た。「年を取ると顔が大きくなる」「年を取ると時間が経つのが早い」「年を取ると痩せる」「年を取ると目が小さくなる」「年を取ると涙もろくなる」…。どうもネガティブなものが目に付く。せっかくだからと「年を取る メリット」をクリックしてみた。
”朝自然に起きられるようになった”
”仕事で人間関係で、築いた蓄積、培った経験があり、若い時よりも努力に対するリターンが大きく楽”
”気負いが減り、気が楽。心が広くなる”
”楽しかったこともつらかったことも『ガハハ』と笑い飛ばせる”
 うーん、メンタルな点では、逆に”ひがみっぽく”なる場合もあるような。
”若い時期からをどう過ごしたかで中高年期が全く違ってきます。自分がしたことは自分に返ってくる”
 …ドキリ。
 そういえばと、春先の入院中に雑誌で見てメモしたのを思い出した。
”どんな美しい女も年にはかなわない。だからといって、年齢どおりに老ける必要はない。女は自分で考えて決めた分だけ年を取ればいい。(女優サラ・ベルナール)”
 アラフィフの今、決断の冬?

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地球は青かった

 きび団子を差し出されても岡山県人は受け取りませんよ、家来になれってことですから…と某芸人さんがTVで話すのを聞いて、まさかと笑ったが、次の瞬間いや待てよとなった。夫に話すと「まさか」と笑った。「ネタに決まってるやん」「私だってそう思ったけど、桃太郎のふるさとだし」
 翌日夫は職場で仲のよい後輩がちょうど岡山出身だったのでこの話を出したところ、「そんなワケないでしょっ」とキレ気味の即答が。
 京都で「ぶぶづけでもどないですか」と言われたら”早く帰ってくれ”という意味だとしばしば耳にする。私は京都に4年住んだが、この風習が行使されるのを見聞きしたことは無い。
 もはや都市伝説のようなのは置いておいて、他所から見ればナンジャソレ?なお国柄はある。方言はその最たるものだろう。
 私の育った神戸は関西弁で、ほぼ大阪弁と同じだと思っていたが、大阪で暮し始めた後輩のブログ記事にハッとしたことがある。「先に行きよって」は神戸でしか通じないの?
 後輩は友達数人と目的のお店に向かって歩き出したものの、ちょっとコンビニに寄りたい。それで「先行きよって」と声をかけて皆から離れ、用を済ませて追いかけたが、皆はもうお店に入ってしまっていた。で、後輩は「なんでさっさと行ってしまうの」とこぼす。
「だって先行っといてって言うたやん」
「ちゃうっ、先”行きよって”」
「は?」
 これが神戸でしか通じないなんて知らなかった、私も。
「先行きよって」とは”自分の所用に皆まで付き合わせて待って貰っちゃ悪いから、皆はどうぞ先に進んでいて、すぐに追いかける”といったニュアンスである。そして言われた方は「分かった、じゃあ先行きよるで」と進み始めるが、ゆっくりと、追いついてくるのを待ちながら歩くのだ。
 先に行くけど、早く追いついておいでよ、一緒に行こう。そこには、アナタを置いて行かないよという温かさがあると、後輩が教えてくれた。
 生まれ育った町の良さなんんて、私も大学時代に他府県で下宿するまで思ってもみなかった。それぞれの土地にそれぞれの温もりがあるのだろう。

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忘れないで待ってるよ

 匂い、嗅覚の記憶が五感の中で最も強いと聞いた事があるが、触れあいや温もりの記憶も負けていないんじゃないかな。触覚ということではなく、通わせた心の記憶。
 生後1か月半ほどの子猫と過ごしたのはちょうど1年前だったなと、近頃懐かしんでいる。わずか2週間だったがみっちり一緒で、トイレにまで付いてきた。部屋の中では、座る私の太ももの上でくうと眠る。
 グレーがかった黒で少し長毛気味の野良猫の子だった。保護したものの先住猫と折り合いが悪く、私は急いで里親さんを探した。手放すのだから名前を付けない方がと思いながらも、面と向かって呼びかける術として、…”ももぞう”になった。
 先住の臆病で引っ込み思案なアポロと違い、ちびのくせに堂々と我が物顔。目が離せず、手がかかり、買い物にも出かけられずにへとへとになった。育児ノイローゼになるママの気持ちが分かる気がした。
 なのに、運よく里親さんを見つけて引き渡したら、ほっとするよりも喪失感に圧倒された。ももぞうは無邪気に、一度も振り返らずに行っちゃった。それが12月の始め。
 恨めしく想いながら3週間ほど経った頃、訃報が届いた。家具の下敷きになって亡くなったのだが、獣医さんによれば、お腹に水が溜まる病気だった疑いも判明。もしそうなら1歳まで生きられなかっただろうから、どのみち短命な運命だったようだ。
 ならば何のために生まれてきたのか。不憫でしばらく心がふさいだ。そしてある時ふと、ももぞうにサヨナラを言った。生まれ変わって帰っておいで、と。今はただただ懐かしい。待ち遠しい。f:id:wabisuketubaki:20171118195158p:plain

キャッチボール

 昨日の件。帰宅した夫に開口一番謝ると「なんだそんなこと。それよりもさ…」と会社での出来事を語りだした。専業主婦たる自分の世界の狭さを実感。いえそれが有り難い。一日私を押し潰していた事なんか塵のように吹っ飛ぶ。夕食後に一緒に食べた苺大福の美味しかったこと。
 今日はぐんと冷えた。買い物帰り、セーターの袖に手を引っ込めながら坂を上っていると、犬の散歩の親子連れとすれ違った。40代の父と小学生男子と柴犬。父親の穏やかな声が耳に入ってきた。
「…ってお母さんが言ったのにお前は聞かなかったろ、あれはそりゃあお前、お母さん怒るよ。言う事ちゃんと聞かないと…」
 いいな、と思った。家で面と向かって言えないようなことをさりげなく話し合える、お父さんと子ども二人きりの時間。こういう時間を子どもが大人になるまでずっと持ち続けられたらいいだろうな。私にもし子どもがいたら「大人になるまで犬の散歩は毎日必ずお父さんと行くこと」と決めておくのはどうだろう。いや無理無理、子どもが中学生になれば部活だ受験だと難しくなるだろうな。父親だって残業もあるだろうし。
 近頃録画した米ドラマ『ER』を見ている。その主要キャラ、働き盛りのグリーン医師の娘への言葉に私はシビれた。思春期の娘は、門限など親との約束を破り、それを咎められるとプイと自室へ籠る。不良っぽい友達と付き合っていて、タバコやドラッグへの関与も疑われる状況で、親としては気がかりでならない。度々ぶつかる。しかしグリーン先生は娘に真っ直ぐに「愛しているから口出しをする」と説く。ある時並んで歩きながら父は諭す。お互いに努力し、尊重し合える親子関係を築こう。それならばと、娘が言う。
「子ども扱いしないで」
 これに私ならどう答えるだろうと子どももいないのに考えてしまったのは、グリーン先生の返しがあまりにチャーミングに思えたから。父親の言葉に娘は思わず笑いだしてしまうのだ。
「いいよ。年寄り扱いしないで」f:id:wabisuketubaki:20171116190750p:plain