夫に隠れて

 視界の端で蜘蛛が動いた。壁をつたう一センチくらいの。夫を見る。夫は背中を見せて、パソコンのモニターへ向いている。

 私は物心つくと既に蜘蛛が気持ち悪くて嫌だった。すると父が言った。

「蜘蛛は、害虫を、お前の嫌いなゴキブリの赤ちゃんも食べてくれる益虫なんやで」

 誰目線で誰が害虫かという議論はさておき、以来、私は、さすがに好きにはなれないが、家の中で蜘蛛を見かけると心中で『頼んだぞ』と声をかけ、目を逸らし、蜘蛛が箪笥の後ろあたりへいなくなるのを待つようになった。

 夫は、虫が平気、むしろ好きだ。蚊以外の、家の中に迷い込んだ虫を外へ逃がす。蜘蛛も私が見過ごそうとすると、

「家の中にいたって餌が少なくて可哀想だ」

と捕まえて、サンダルを履いて裏山の茂みへ逃がしに行く。

 しかし私の考えは、こうだ。蜘蛛がいる、ということは、この家の中にゴキブリの赤ちゃんとか餌がある、だから住んでいる、ということだ。

 頼んだぞ。

 蜘蛛はテレビの裏へ去った。

    ♪ 短いけれど心を打つ。朗読ですがよろしければ全文どうぞ ♪ 

    雨ニモマケズ - よろしゅうおあがり - Radiotalk(ラジオトーク)