しゃべる 5

 楽器だと思う、声は。
 音楽に縁なく生きてきた人も一度くらい思ったことがあるのではないかな。
「ああ、なにか楽器が弾けたらなぁ」
 ピアノ、ギターにトランペット、ウクレレもいいなぁ、なんて。
 けれど、喋る仕事に携わってみて感じることは、声も楽器だということ。
 誰でも持っている、指紋と同じ、唯一無二の楽器。
 体を共鳴させて出す声は、体格や力の入れ具合で無限のバリエーションを生む。
 日常会話では問題がなくても、仕事として発するとなると、より良いものにしたい。腹式呼吸や口の形の調え方を磨く。出せば出すほど、鍛えれば鍛えるほど、太く豊かに、響きも良くなっていく。
 腹から声を出す、なんてよく聞くけれど、声の使い方、イメージは業種によってちがうみたいだ。演劇、声楽、アナウンス、それぞれに「頭のてっぺんから出す」「全方位360°へ放射するように」「マイクに向けて乗せて」など。
 私の知ってる歌手さんは、家で発声している時、夫に「お前は背中から出てる声がうるさい」と苦情を言われたとか。
 実際にボイストレーニングを受けてみると、空気を吸った時に、背中が広がるのを感じたし、声を鼻に響かせる、おでこに当てる、胸から出す、などトレーニング次第で相当自由にコントロールできるものだと感じる。
 
 ブライダル司会の仕事をしていた時、よく先輩と話したことがある。
 秋のブライダルシーズンになると、土日の二日間に、打合せを5件と披露宴を3件こなしたりする。もう草臥れて、体はへろへろボロボロなのに、そんな時の方が、声はやたら出るよねぇ、って。
 私は体調を崩した数年前にブライダル司会を離れて以来、今は年に二度ほどホールイベントの影アナウンスのみになっているが、十年近くかけて育てた声だけが私の特技みたいに思えて、なんとかキープしておきたくて、夫の出勤後に、2年前に亡くなった舅を口実にしている。
 25分程、口角をしっかりと動かして滑舌を意識し、太い声であげるお経。
 舅は苦笑いをしていることだろう。