日を送る

 なんということのない日々の中にも細々といろんなことが散りばめられている。
 夫の父が昨年亡くなり、留守宅になっている夫の実家へ、今日は出掛けた。ガス警報器ピコピコの取り外しに立ち会う為に。
 スクーターで20分の道中に抜ける、市の南北を貫く山中のトンネルは3キロ弱と長い。この時期のトンネルの中は排ガスに澱んでいるが、暖かい。バイクだからこそ感じること。
 トンネルを出て、ワインディングの冷気を分けて下り、実家のある住宅街へ滑り込む。夫とは中学の同級生であるから、ここは私が育った町でもある。
 対向車線側の歩道にいた黒のスーツ姿の女性が、誰かに手を振った。私の進行方向だったので私も目を凝らすと、やはり黒スーツの胸元にコサージュを飾った女性がいて、すれ違いざま見た顔はかつての同級生だった。思わず「あ、Hさん」とヘルメットの中で呟いた。地元中学校の卒業式らしかった。そうかHさんのお子さんが卒業か。子を育む、堅実な歩みが眩しい。

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 冬の間は寒くて実家からスクーターの足が遠のいていた。無沙汰を気まずく思いながら「ただいま~」と入っていくと、義父の遺影が二カッと笑って迎えてくれた。「おうやっと来てくれたか」てな感じかな。
 罪滅ぼしに蝋燭とお線香をじゃんじゃん焚いた。間もなく業者さんも来られ、ピコピコはあっという間に回収された。インスタントコーヒーを淹れたら思いがけず香りが良くて、義父の次に味わった。明るい日差しが心地いい。ねえお義父さん、お義母さん、このお家どうしようか。また来るねと仏壇に手を振って玄関の鍵をかけた。
 帰り道は、かつて住んだ社宅の傍を通る。今の家に引っ越す前、結婚して13年住んだ鉄筋コンクリート5階建ての社宅が、先月取り壊されたことは聞いていた。更地になっていた。夫と過ごした13年も穏やかに均されていた。記憶はなくならない、大切に仕舞われていく。
 なんということのない今日も、私の人生のかけがえのない1ページになっていく。