またひとつ、さよならを言って

 何年前になるでしょうか、懐かしのCM、”ブラウン・モーニングリポート”。
 朝出勤するサラリーマンを呼び止めて、シェーバーを差し出す。「家で髭をしっかり剃ってきたところだから剃れないですよ」と言うサラリーマンにとにかく試してもらう。その外刃を外して白い台の上に出してみると、黒い髭の粉が。「まだけっこう剃れますね」と気恥ずかしそうなリーマン。

 このCMのインパクトだろうか、結婚後にそれまで使っていたシェーバーから買い替える時に、夫は「ブラウンを使ってみたい」と言った。望みを叶えた夫は満足げにシェーバーを握りしめていたっけ。

 以来10年くらい使い続けたブラウンが、今年初めから不調だった。どこかの接触不良らしく電源が入りにくくなったのだ。スイッチオンしてからモーターが動き出すまで時間がかかる。新調しなきゃと言いつつ、つい使い続けて11月、今週になってタイムラグが大きくなった。今日こそ動かないんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、外刃も破れ、今が買い替え時とばかり、昨日、家電量販店へ走った。

 今度も夫はブラウンしか見なかった。後継機種を選び、下取りキャンペーン中だったので、これまで使っていた物を持参することにして、家から持ち出す前にさっと外側を拭いていると、突然ググッと寂しくなってきた。

 我が家では私が少しだけ先に起きて朝ごはんの支度をし、夫を起こす時、シェーバーを持って枕元へ行き、「そろそろお時間でござる」と声をかける。夫は寝ぼけ眼で布団の上に座り、シェーバーを頬に当てる。そこへ猫がにゃ~んと寄ってきて、夫のあぐらに乗る。髭を剃っている間だけ猫は夫に甘えていられる。髭剃りが終わり、シェーバーのモーター音が止まると、猫は全てを察し、不満げににゃ~んと鳴いて膝を下りる。夫は立ち上がり、以後慌ただしい支度を始める。
 我が家の朝はシェーバーから始まるんだ、手放す古いシェーバーは夫と私の10年の結婚生活に寄り添ってくれたんだと今更ながらじんときた。

 人だけじゃなく物とも出会いと別れを繰り返して生きなければならないのだなぁ。