それは周りの人間をも幸せにする

  そうそう、前回書いた父の一周忌法事では、伯母への苛立ちなんか放り投げておいて、特筆したい発見があったのだった。

 小学5年生の姪、弟夫婦の一人娘のこと。

 私が弟と会うのが年に1,2回だから、これまでに姪と過ごした時間は僅かだ。弟が語る所の姪は、同じ遊びを何度も繰り返しねだってきたりして面倒なところがあったり、ゲームや球技などを勝つまで止めようとしない負けず嫌いな娘だという。私の印象では、義妹がしっかり躾けているから、人前では姪はお行儀よく大人しいが、かといって私のように人見知りがなく、物怖じしない伸びやかさを感じる。

 先日の法事の後、伯母を送る往復3時間の道中、車の後部座席でお利口に座る姪の隣で、私に出来ることは何かなぁと考えた挙句…。
「おばちゃん、早口言葉が得意なんだ、勝負する?」
 どんくさい私だが昔…といってもわりと直近の数年前…取った杵柄、アナウンスの勉強で滑舌を訓練している。

 姪は目を輝かせて乗ってきた。が、ちょっと不器用? 何回トライしても言えない言葉が多い。こういう時、不足なのは口ではなく耳の力。まず聴き取れなければ発音できないのだ。
 すぐにはうまくならない。いいかげん嫌になってくるものだろうに、姪は何度でも繰り返す。結局、車中ずっと早口言葉で一緒に遊べた。

 そして気がついた。この娘の負けず嫌いはタチがいい、と。

 負けず嫌いは世に沢山いる。皆多かれ少なかれそういう性質を持っている。上手く出来れば嬉しいが、やり込められれば面白くない。負け続ければ、次第に不貞腐れてしまうのではないだろうか。大人はプライドと自制心とであからさまに出さないが、かつてTVで卓球に負けて泣きじゃくる幼女を思い出す。

 姪は、負けても負けても諦めず、出来るまでやる、機嫌が良いままで。素晴らしい!
 機嫌がいい、ということの美徳に感じ入った。