永久に消滅したゴール

 永遠に上がりそこなったすごろく、完結しない100物語みたいになってしまった。
 義父の突然死以上に呆気にとられたのはその事だ。
 8年前に家を買う時、経済的に余裕のあった義父から1500万円を借り、毎月15万円ずつ返していた。有り難い無利子のローンである。
 快く貸してくれたが、義父はほんの少しお金に執着があり、借用書を要求された。「ワシが生きてるうちに返して貰えるかな」と言った。当時72歳。半分は冗談なのだが、半分は本気。義父の普段から「正月にはなにをご馳走して貰おうか」的なからかいを口にするところが私は嫌だった。
 健康に関しても、義父の小心が腹立たしかった。病院で検査の数値が少しでも悪いと「ワシもうアカン」と萎れてしまう。「これくらいは大丈夫ですよ」とお医者さんに言われると、途端に豪快に笑い、鰻重をかき込む。それまで大好物だった食べ物でも量を過ぎると血圧に影響するなんて聞くと以後一切食べなくなる。私自身、恥ずかしながら持病があるが、心まで侵されたくない取り乱すまいと、義父を横目に思っていた。
 義父は数年前から透析を受けながらも、身の回りのことを自分で調え、朝夕のウォーキングを欠かさず、昼には車でイオンモールへ買い物に行き、ちょくちょく一人焼き肉ランチを楽しんだりして暮らしていた。親戚を見ても長寿の家系である。なんのことはない、我が家の返済は余裕で間に合うじゃないか。今年2月末に振り込んだ際、私は義父に「あと3回ですね」と言った。そうして3月、4月とカウントダウンをしていた。
 5月8日、朝から電話に出ない義父を訪ねて行くと、義父は布団の中で永遠の眠りについていた。救急車を呼び、救急隊員が警察を呼び、警察が来るまでの間、義父の寝室で私は義父と二人きりの時間を持った。義父のベッドに腰掛け、仰向けの義父のお腹に手の平を載せ、義父の顔を見ていた、ぼんやりと。
 そして突然あっとなった。あと1回だったのに!あと10日で100回目、返済完了だったのに!! まさかこんな…。
 私の不遜をご先祖様方に窘められた気がした。思いもよらないことがあるのよだからね、と、先に亡くなった義母の柔らかい、困ったような笑顔が浮かんだ。