桜往生

 夜通し家を揺さぶった台風は、朝日輝く青空とチグハグな痕跡を至る所に残していた。
 道路の端に積もった落ち葉や枝、ひっくり返った原付や自転車、倒れた看板、垂れ下がった電線や幕。どこからかサイレンの音が響いては消える。
 近所の桜並木も甚大な被害を受けてしまっていた。数十本ある桜は根元の直径が1メートル近い、おそらく樹齢60年以上の大木ばかりだが、それゆえに老朽化し、幹や枝が一部空洞になってもいた。この度の強風に折られた枝は数知れず、2本の桜は根元から倒れたようだ。昨夕通りかかると、根ごと抜けて横倒しになった切り株があった。それよりも上の部分は車が通れるようにと急ぎ解体撤去したが、根元はあまりに大きくてすぐに運べなかったらしい。
 本当に大きくて、痛々しくて、圧倒されてしげしげと切り株を見つめているうちに、桜にも輪廻転生があるのかもと思われてきた。人だけでなく動物や生活道具などでも、年月を経るうちに霊性が高くなったり魂が宿ったりするという。桜は特に霊気が強いとか、精霊が宿るとかいう話を聞いた事がある。何十年もの年月をこれほどに逞しく生きてきた樹が、こんなにもむざむざと朽ちて死んでしまうとは思えない。春毎に、見事な花を咲かせ、沢山の人を魅了し、慰めてくれた桜。寿命を迎えて精霊は樹を離れ、またどこかで若木となって生まれ変わるのではないか。
 そう信じさせてくれる力強さを、亡骸は尚も湛えていた。