父、母、泣きたくなる景色

 畑があって、田んぼが広がっていて、それを抱くようになだらかな山がぐるりを囲む。山のふもとに離れて建つ民家は昔ながらの日本家屋。農道を軽トラックが走っていく。

 父のいる施設は、こんな典型的な里山にある。2時間に1本来るか来ないかのローカルバスを降りると、田んぼでは今、こうべを垂れる寸前の稲が青々と揺れていた。

 わたっていく風。泳ぐトンボはナツアカネなのかアキアカネなのかしら。虫に詳しい夫なら分かるのだろうけれど。空は青く澄んでいる。

 ああ、と涙は、こぼれるまではいかないが、眼球に漲ってくる。

 こういう長閑な田舎の光景に、私はいつも心を開かれ、打ちのめされる。大好きで、懐かしくて、悲しくなる。そう悲しい、それは母の田舎の光景を思い出すからだ、きっと。小学一年生の夏休み、預けられて過ごしたあのひと月を。

 父は私を車で送り届けると、帰ってしまった。おばあちゃん伯父さん伯母さん従兄弟のお兄ちゃん達と暮らした農家の夏。畑でトマトやナス、トウモロコシをもいだり、農具小屋で伯父さんの作業を見ていたり、おにいちゃんにトンボを捕ってもらったり、おばあちゃんと手を繋いで、お友達を訪ねたり。それは豊かな豊かな時間だが、私は不安でたまらない。だって家へ電話をかけても、父は出ない。母もいなくなってしまっていた。夏休みが終わる頃に迎えに来ると父は言ったが、ちゃんと来てくれるだろうかと気が気でなかったっけ。