値上がりさえ嬉しいんだキミがいてくれれば

 うさぎの牧草を買いに行ったら値上がりしてた。
 住宅街の只中の、一見それと分からないような小さなうさぎ専門店で、もう13年も買い物をしている。牧草はほぼ2週間に一度のペース。
 いつものようにガラスのサッシ戸を開けて入り、小さい枕サイズのいつもの牧草の袋を差し出すと、店主である60代位のご婦人が、すまなさそうに「実は値上がりしまして…」と語尾を濁した。
「あ、そうか、消費税が上がりましたもんねぇ」
「いえそれが輸送費やら何やらで…」とまたフェードアウト。
 980円→1050円だから、ま、それほど、ねぇ。
 それよりも。
 値上がりという事実を私は嬉しく感じていた。支払いを済ませ、袋を受け取り、店を出たところで、私はしみじみと思った、ああ10余年変わらなかった牧草の値上がりを『ゆさ』と迎えることが出来たんだなぁ、と。
 実は3週間ほど前からうさぎの軽介護生活に入っている。
 『ゆさ』は現在13歳6カ月ほど。うさぎの平均寿命は8~10年といわれる中、ゆさは人に換算すれば100歳近いそうな。生後間もなく公園に捨てられていたのを保護され、縁あってうちへ来た。
 今年の春頃までは多少ジャンプ力が落ちてはいたが、私の周りをくるくると元気に遊びまわっていた。それから少しずつ少しずつ運動量が減り、白内障の白濁で視力が衰え、梅雨の終わりには右足を引きずるようになった。お盆を過ぎると、首と体が右へ傾いて真っ直ぐ歩けなくなった。ケージの中で時計回りをしてはバタンっとひっくり返り、ジタバタもがいて起き上がる。9月の中頃にはひとりで起き上がれないことも出て来た。起き上がっても暫く眼振というか目まいが続き、自分で体を支えられない時間が増えた。
 私はケージへ手を差し入れ、ゆさを立たせるが、ゆさのからだはねじくれて倒れてしまう。そんな状態のゆさに接し、初めのうち私は苛立ちを覚えた。恥を忍んで白状するが本当に私という人間は優しくない。もどかしさ、見てられない辛さから、「しっかり立ちなさいよ」と八つ当たりじみた乱暴なやり方でゆさを起こした。ゆさは踏ん張れず反対側へ倒れ込み、時には餌入れの陶器の器へおでこをぶつけた。それを見て私は慌てておろおろとゆさに謝った。そして思った、私はとんでもない人間だと。
 2週間前からケージの前に毛布を敷いて寝るようになった。幸い今の私は無職で何の問題もない。
 夜中に倒れたゆさを起こし、眼振が収まるまでゆさの体を撫で摩る。すると、少し前まで「夏から急に弱って、もう長くないのかな」とか「こんなに体が不自由なままでいるのは辛いだろう」等と思っていたのに、いつのまにか「このままあと5年は頑張って貰おうか」、そして「たとえ今より体が利かなくなって、自分で餌を食べられなってもいい、何年でもこのままで、とにかく息をしていてくれるだけでいい、ずっと心臓の鼓動を止めないでいて、この世に居続けて」と強く思うようになっている。
 今、ゆさと共に生きていることを実感させてくれる消費税率アップである。