思い出ゴハン、ってやつ(上

 夫婦で出掛けて用を済ませ、帰宅してすぐ食べられるようにとお弁当屋さんに寄った。お店一番人気のチキンカツは売り切れていたので別のものを買って帰った。
 テーブルにお弁当を並べながら未練たらしい私。
「チキンカツ、食べたかったねぇ」
 この店のお弁当はこれが2回目で、前に買ったのは今年5月の義父のお通夜の日だった。自宅から葬儀会場へ向かう途中で買い求め、親族控室でそわそわした気持ちで食べたが、「美味しかったんだよね」。
 すると夫が「食事って大事やな」と言う。どういうことかと考える私に、夫が言葉を継いだ。
「大事な時に食べたものって覚えてるもんな。親父の通夜のチキンカツ弁当だろ、それからあの明け方に食べたラーメンと、お袋の葬式の時の寿司と」

 

 明け方のラーメンというのは、もう20年ほど前のこと。
 結婚した年に買った車が翌年盗まれた。新車販売の終わった車種で中古しかなかったが、夫は惚れ込んで買い、雨の日には乗らない、錆びるから海の近くは走らない、洗車する度に斜め後ろから車を眺めては見とれていた。だから、落胆は酷いものだった。夫は塞ぎこみ、暫くすると休みの日にバイクに乗って中古車販売店を回った。盗まれた車がもしや売られていないかと。そんなことを3か月ほど続け、4か月目に次の車を買った。前と同じ車種を。するとその夜11時、隣の県の警察から電話がかかってきた。盗まれた車が見つかったというのだ。深夜になっていたが義父の車を借りてその署へ行った。
 乗り捨てられていたという。違うナンバープレートを付けられ、ボディーには数えきれないほどの擦れ傷や凹みがあったが紛れもなく我が家の愛車だった。車内にはスナック菓子の空き袋やトレーナー、窃盗犯の使う工具類一式が散乱していた。無残な姿に涙がにじんだ。夫は何やら書類を書かされ、夫婦の対照指紋を取られ、エンジンがかからないのでレッカー車を手配して改めて引き取りに来ることにして、署を出た。
 車が見つかった事は嬉しい。あんな姿になってしまって可哀想だが、それでも見つかってよかった。しかし、車が2台になった。車庫が無い、実家に置かせて貰うか、ガレージを借りるか、引っ越すか、2台分の維持費はどうするか、そもそも見つかったあの子は修理して動くのか、1台しか持てないとしたらどちらを選ぶ? 新しく買った綺麗な方か愛着のある前のか・・・家の近くまで帰ってくると午前4時になっていた。二人共が草臥れ、しかし神経は昂ったまま、どちらからともなく「お腹が空いたね」。
 あそこなら開いているだろうと、それまでにも時々訪れていたラーメン屋さんへ行った。自分達を棚に上げて、他にもお客さんがいるのに驚いた。当時はまだ30代とはいえ明け方のラーメンは罪悪感が伴う。私はハーフサイズにした。
 正直味なんか覚えていない。訳も分からずに食べ、それでも胃が温まってやはりほっとしたのだ。こんな時間に食べることなんてまずないだろうと思った。確か11月の初めだったから、ちょうど今時分の季節だったのだなぁ。(続く