けんか。のち晴れ

 ケンカになった。
 昨日の昼前、夫の「わ、雨降ってきた」に、私は驚いた。
「昼頃に雨降るって朝から何回も言ってたじゃないっ」
「何回も言ったというけど、何回言った?」
「朝から3回か4回くらい。お天気次第で出掛ける予定を考えなきゃと思って」
「言ったつもりで、そんなに言ってなかったんじゃない?」
 キッカケなんて些細なものだが、潜めたワダカマリを芋蔓のごとく掘り起こす。
「最近よくあるよね、私が言った事を聞いてない。…仕方ないか、自分でも思ってたの、最近私の話はつまらないなって。仕事も何もしてなくて、うちの動物とか八百屋さんの話とかだもん。最近考えてたの、私と暮らすのツマラナイだろうなって。ただ、決めるのはアナタだから黙ってた。他に誰か好きな人がいるなら…、あ。ごめんとにかく私の問題だった」
「何?」「ううん、私の問題」「何だよ」「いい」「言ってしまえよ」
 先週夫が休日出勤をした。帰ってきた夫に、どこがとは私にも分からないほんの微かな引っ掛かりを覚え、もしやとなった。普段から自分に自信のない私はつい考える。もやもやするよりストレートに訊いてみようかと思ったが、本当に夫が残務整理の為嫌々休日出勤したのなら、こんな酷い妻はないと、燻ぶるものに被せた自制の砂を、結局掻き除けてしまった。こうなるともう真実夫がどうだった以前に、どうしようもなく自分が嫌になる。
 結婚21年間に何度目かの同じ展開に、夫は静まって、「キミにそう感じさせるものは何なんだろうね」。
 それきり夫は普段通りに過ごしてくれたが、私が話しかけると意識的に顔をこちらに向けるようだった。自ら心に生じさせた澱を私は夜になっても持て余していたし、夫にも何かを溜めてしまっただろう取り返しのつかなさに萎れて眠った。
 そして今朝、出勤する夫とスクーターで駅まで行った。この駅は去年出来たばかりで、ヘルメットを脱いで改札へ歩き出した夫の向こうには、雑草の空き地が広がっている。その中空を、ツバメが5,6羽、すいすいと身をひるがえしていた。とても好い。空き地はホームからも見える。夫に知らせようかと思いつき、しかしまだ心の底に重いものが漂っていて、携帯を取り出しかねた。
 その時、ラインの着信音。夫からだ。
『目の前をつばめが沢山飛んでる!雨上がりで巣材の泥が多くて大忙しかな』
『同じことを、さっき送ろうか迷った。つばめすいすい嬉しそうなの』
 ずっとこんなふうでいられないかなぁ。

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