残したんだっけ、

 そういえば、ふっふっふ、私に似合わぬ忖度。
 一昨日書いた通り、弟の居間で古いあれこれを整理した時、亡くなって久しい母の筆跡達は処分することにしたけれど、その中に一枚だけ、父の書があって。
 色紙に私の名前がひと文字大きく書かれている。これは私が生まれて間もなく迎えたお正月の、父の書き初めだ。その時の写真がアルバムに収められている。
 父も母も着物を着て、筆を持った姿を互いに撮り合っている。初めての子の誕生に夫婦は身の引き締まる思いと湧き上がる喜びを味わっていたのではないだろうか。
 2人目の子以降は写真が減るという。弟が誕生した翌年のお正月の写真はない。書き初めも然りか。
「パッと見には下手じゃないと思ったけど、筆の止めや払いなんか滅茶苦茶やな」
 色紙を手にした弟はしばし眺め、言った。うん、確かに。
 しかし。その時、襖をあけ放った隣の和室に真新しい仏壇と遺影を意識してしまった。すぐそこに父がいる。この書を要らないとは口に出来なかった。捨てるにしてもここではちょっと……。
 そんなわけで父の字はもうしばらく閲覧可能である。