去年の今頃

 久々に会う友達に遅ればせのバレンタインチョコでも買おうとデパ地下へ寄ると、店頭がなにやら桃色なディスプレイ…そうか次のイベントは雛祭りだ。
 和菓子屋さんのショーケースの上に飾られた男雛と女雛。背後の紙製の金屏風を見て、ふいに昨年の雛祭りを思い出した。
 プラスティックのトレイに、メラミンの食器。昼食の献立はちらし寿司とお吸い物と菜の花の辛子和えと、あと一品は何だったかな。そして、名刺よりひと回り大きい紙にカラー印刷されたお雛様が添えられていた。私はそれを摘まんでしばし眺め、枕頭台に飾った、病院のベッドの脇の。
 2月の下旬から1か月の入院だった。左足の指を手術した。親指を人工関節に、他の4本は指付け根関節を切り縮め、ピンで固定。足底から足首、ふくらはぎまでにギプスを当て、抜ピンまでの3週間は絶対に荷重をかけてはならず、車いす生活を送った。
 一切の家事はなし、読書に編み物、午後3時になれば同室の人たちとのティータイム。そうして病院の一日が暮れ、9時の消灯の頃になると、夫からラインが届く。職場での出来事や家の様子、猫のアポロの写真が届く。私はアポロの背後に映る居間のテーブルの上の新聞やリモコン、夫が食べたらしいシリアルの袋、寝室の敷毛布の模様に目を凝らし、切なかった。退院はいつになるだろうか、足はちゃんと動くようになるだろうか。アポロは私のことを忘れちゃうんじゃないだろうか。ああこんなにも家に帰りたいのに帰れないことがあるなんてと信じられなかった。ぬくぬくと暖房が調節された病室で、窓の外をちらつく雪は他人事。それでも寒い3月だった。
 うふふ。1年前と大違い。医療用ではなく、市販の左右同じサイズのウォーキングシューズを履いて私は混雑する売り場を歩いている。夫の好きなくるみ入りのフランスパンとたこせんも買って帰ろう。