かけがえのない毎日

 たかが夕食の時間の逡巡だった。
「もうちょっと後にする?」
「そうだなぁ、も少し後にするか」
「そうね、も少しお腹空いてからね」
「ああ。待つと空くかな、あんまり遅くなると胃に良くないけどな」
「あらじゃ、今から用意する?」
 ここで夫の苛立った答えが。
「も少し後にする、って俺言ったよな」
「…ごめん」
 しかしモヤモヤする。
「言い訳させて、アナタが”遅くなると”って言ったから。だからそんなにイラッとしちゃ嫌」
 すぐに猫のアポロの事や見ていたTVの話を向け、夫の返事が普通に戻っているのを確かめた。だから、拘りたくはないけれど、打ちのめされている、私は。それほど気に障ることだった? いやこれだけじゃなくきっと私は普段から何かしらよくないのだ。こんなにも伴侶をイライラさせる私って何だろ? あ~あ…結婚して21年にもなるのにな。
 けれど、陽の煌めく朝が確かに在る。
 雨上がりの朝、じゃ行ってくる、と歩き出した夫の背中から、何気なく足元へ目を転じた。濡れたアスファルトに赤いモミジがちりばめられていた。モミジ葉はいずれも小ぶりながら開いた指先がくっきりと美しい。宇宙に浮かぶ星々にも見える。束の間にそんな事を思いながら顔を上げると、ちょうど夫が振り返って足元を指さした。
「綺麗だな」
「うん、私もおんなじこと思ってた」
 たとえ一緒にいられなくなる日が来ても、この瞬間は奇跡、永遠に私の宝物。

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